日本郵政グループが赤字転落を発表しました。原因は2015年に買収した海外子会社ののれん等約4,000億円が減損したことによります。
日本郵政社長「負の遺産を断つ」 民営化後初の赤字(日経新聞)[外部]
今世間を騒がせている東芝も買収した子会社の減損によって大幅な債務超過に陥っています。なぜ買収した子会社はこうも減損するのでしょうか。
この背景には買収した会社の判断ミスなども当然ありますが、M&Aの構造的な問題も横たわっています。今回はその問題に切り込んでみましょう。
1.「のれん」と「減損」の言葉の意味
まず基本的な用語の理解として、「のれん」と「減損」の意味を確認しましょう。
1-1.のれん=買収額が時価純資産を上回る部分
「のれん」とは、M&Aにおいて買収価格が対象企業の時価純資産を上回る額を言います。
会社は資産と負債を保有しています。資産を売却して現金化しても、負債を支払わなければならないため、手元に残るのは資産-負債の純資産部分だけです。資産の額(時価)と負債の額(時価)の差額を「時価純資産」と呼び、「会社が持つ資産負債の純額」を表します。
つまり、この会社と同じ資産負債を保有するには、時価純資産と同じだけのお金があればよいことになります。
では、この会社そのものを買収しようとするときは、時価純資産の額で足りるでしょうか。
ここがM&Aの面白いところで、業績が悪くない限り同じ額で買収することはできません。なぜなら会社にはB/Sに載せられない、無形の価値があるからです。
無形の価値を言葉で表すなら、たとえば、
- ブランド力
- 顧客、仕入先との関係
- 独自ノウハウ
- 組織文化
- すでに確立された収益
などです。
会社にはこのような無形の価値があるからこそ、資産負債を1から作り出すのではなく、ある程度完成された会社を買おうということになるのです。
この、時価純資産を上回る何らかの価値を「のれん」と呼び、「買収額-時価純資産」で測定します。
1-2.減損=投資回収不能を損失計上
次に減損ですが、これは投資が思ったように成果を出せず、投資回収ができなくなると見込まれる際に、将来の回収不能額を損失として計上するものです。
将来の損を計上するというのは不思議なようですが、現代の会計制度にはB/Sの資産の部には価値のあるものしか載せてはいけないというルールがあります。投資が回収できないと判断された資産は価値のあるものとは認められず、その価値に見合った額まで減額し、差額を損失計上しなければならないのです。
実務的には、減損損失の計上は監査法人とじっくり話し合いながら決めます。減損を認めたくない(多額の損失を計上したくない)経営者と、減損を計上させたい(あとで投資家から訴えられたくない)監査法人が期末に口角泡を飛ばす議論をすることも珍しくありません。
2.のれんが減損する5つの理由
前提となる用語の意味はこのぐらいにして、なぜのれんはこうも頻繁に減損するのか、その理由を考えてみましょう。
理由その1.M&Aの成功率は3割
最大の理由は、M&Aそのものが失敗に終わるケースが多いことです。
M&Aの成功率は3割程度と言われています。起業の失敗率が9割という話からすれば新規事業より安全なのかもしれませんが、本業の設備投資と同じ土俵で考えることはできません。
筆者もM&Aには携わってきましたが、M&Aが成功しない最大の理由は、そもそもM&Aに対する不慣れと、デューデリジェンスの不足だと思います。少なくとも、弁護士と公認会計士に丸投げしているような会社ではまず成功しません。
理由その2.高値掴みしがちである
のれんの金額は、買収額が高くなればなるほど大きくなります。当然、金額が大きくなればなるほど回収が難しくなり、減損の可能性は高くなります。
多くの場合、M&Aは競争入札によって買い手が絞られます。良い会社ほど高くてもいいからほしいという買い手候補が集まり、競争し、売り手優位に交渉が進みます。必然的に買収額は高くなりがちです。
また、ファンドなどM&Aを生業にしているプレーヤーが参加している場合、買収こそが彼らの業績になるため、回収度外視で入札してくることがあります。このようなプライスブレイカーの存在が、買収額をさらに吊り上げる要因になっています。
理由その3.トップ命令で話が動くことが多い
東芝のケースが当たるようですが、M&Aは経営トップが自ら話を推進することが多くあります。
M&Aを成功させるためには強いリーダーシップが必要なので、経営トップの積極的関与はよいことなのですが、問題はトップが頑張れば頑張るほど、止める人がいなくなるという問題が生じます。
結果として、無理筋の投資案件も成り行きで成立し、あとで大変なことになります。
理由その4.事業計画は夢見がち
上場会社であれば、買収時には形だけでも事業計画を策定し、取締役会に提出します。しかしこれが厄介で、この事業計画が買収後ののれんの減損判定の土台になります。
上述の通り、M&Aの買収額は高くなりがち、将来のことも見通せない中、案件の成立自体はトップ判断で決まってしまうとなっては、経営企画室としては無理やり辻褄を合わせる計画を作るしかありません。さらにこの段階では緘口令が敷かれているため、現場の人に相談することすらできません。
結局浮世離れした事業計画になりがちで、これが余計に減損リスクを高めてしまいます。
理由その5.のれんの減損判定は厳しい
最後に、会計実務上、他の固定資産に比べてのれんの減損判定が厳しいということも見逃せません。
のれんの構成要素に「すでに確立された収益」があります。したがって、すぐに結果を出す必要があります。
自力成長(オーガニックグロース)の設備投資や店舗投資であれば、黒字化まで時間が掛かるのは普通のことなので、1年目が計画大幅未達でもすぐに減損するわけではありません。
これに対して、M&Aは既に生きていて成功した会社を買収するものですから、1年目から計画としっかり対比され、計画未達の場合はすぐに減損かどうかという議論が始まります。
実務的にはM&Aですぐに収益を出すのは簡単なことではありませんが、会計は理論で動いているため、監査法人がこのような判断をしてくることも珍しくありません。
3.のれんを減損させないためには
上記のように、のれんは減損しやすい資産であるという構造的な問題点があります。これを踏まえて、のれんの減損リスクを抑えるためにはどうすればいいのでしょうか。
それは、いきなり大きな会社を買収するのは極力避けて、まずは国内の小さな会社から買うことだと考えています。
M&Aは結局のところ「慣れ」の世界であることが多く、初めて実施すると驚くほどいろいろなことに苦労するでしょう。
私にも、買収したのはいいけれど、各部署がまったく何もしてくれず、何を指示したらよいかもわからず、被買収会社では退職者が続出したという経験があります。2度目の買収ではその反省を活かし、少しずつ少しずつ改善してきました。
このように、M&Aには失敗が付き物です。M&Aの成功率は3割と言いますが、体感では1回目の成功率は1割以下、2回目は5割、3回目は7割・・・という印象です。階段を上がる途中で諦める会社が多いのだと思います。
まずは失敗しても大損しない小さな会社でM&Aのコツを掴んで、少しずつ対象を大きくしていきましょう。そうすれば、のれんの減損リスクは確実に減らすことができるでしょう。