上場会社の経理では、中小企業ではあまりお目にかからない記帳テクニックが登場することがあります。一例として、期末の未払法人税等(納税充当金)の額と翌期の実際納付額が一致していない!ということが、多くの会社で見られます。
これは単に間違えているのではなく、わざと納税額より過大な未払法人税等を計上しているのです。この過大計上額をタックスクッション(税務クッション)と呼びます。
なぜわざわざこんなことをするのでしょうか。今回はその理由を解説しましょう。そして、タックスクッションを理解すると、会計の本質が少しだけ見えてきます。
1.タックスクッションを設ける理由
理由1 時間と精度の問題
税金の計算は、それはそれは尋常でなく大変です。会計と税務がほとんど一致する中小企業ならばまだマシですが、厳密な会計基準を実施しなければならない上場会社では一致しない項目が非常に多く、その一つ一つを間違えないように注意しながら調整していかなければなりません。
さらに、中小企業は申告期限一杯の決算2カ月後まで時間を掛けて税金計算できますが、上場会社の場合は決算日後10~20日ぐらいで決算を締めなければなりません。なぜならこの後、監査や連結決算が待っていて、45日後までにほぼ完全な形で決算発表しなければならないからです。
したがって、税金計算が完全に間に合わないことが多々あります。これは最初から「細かい計算は間に合わなくていいから、大きな税額を〇月〇日までに出して、B/S上の未払法人税等の計上額を固めましょう」というスケジュールの下で動いているのです。そのため、速報値に少しバッファーを加えた金額を未払法人税等に計上します。
理由2 循環計算の問題
もう一つの理由が、一部の税務調整において循環計算が発生するためです。
たとえば受取配当金がある場合や、持株会社における外形標準課税の計算など、一部の税金計算においては「B/Sの総資産額」を使って税額を計算することがあります。つまり、決算が未払法人税等の計上額まで完全に締まらないと、最終的な税額が確定しないことがあるのです。
ところが、未払法人税等を納付額と完全に一致させようとすると、税金計算後に未払法人税等を再計上することで総資産の額が動いてしまい、税金の納付額もまた動いてしまうという現象が起こります。
これは何度も計算し直せば最終的に収束し、1円単位まで一致させることも可能ではあるのですが、決算も大詰めの段階でそんな悠長なことはしていられません。そこで、実際の納付額と多少ズレても構わない、と割り切って、最終的な着地より少し大きい金額を仮数値として計上するのです。
2.タックスクッションから見える会計の本質
未払法人税等の計上額と実際の確定納付額をわざと相違させるタックスクッションの実務から垣間見えることがあります。それは、
会計はスピードや効率のためなら、ある程度の厳密性を犠牲にできる
ということです。
会計には「重要性の原則」という言葉があります。これは端的にいうと、「重要でないものは厳密にやらなくても、簡便な方法でもよい」というルールであり、要するに「財務諸表を見る人(Ex.株主)が会社の状況を誤解しなければ、計上額は近似値でも構わない」ということです。経理に求められているのは1円単位の厳密性ではなく、必要なときに、必要な情報を、必要な精度で提供するということでなのです。
タックスクッションを設ける会社はもちろん、設けたことのない会社であっても、この本質はぜひ頭に留めておいていただきたいと思います。