皆さんは「バベッジ原理」という言葉をご存知でしょうか。
バベッジ原理とは、業務を細分化して適切に人員配置することで、品質を維持したまま全体のコスト削減とスピードアップが両立できるという考え方です。
と、書くと何だか難しそうですが、話自体は後述のとおりとても単純です。経理担当を考えるときにこの原理を意識しておくと、経理部全体の業務効率が上がり、低コスト・高品質の経理体制をつくることができます。
今回はそんなバベッジ原理のお話と、経理への応用について解説します。
1.バベッジ原理とは何か
バベッジ原理は、19世紀のイギリスの学者であるチャールズ・バベッジが提唱した分業論です。このチャールズ・バベッジという人は経済学者ではなく数学者で、後に「コンピュータの父」とまで呼ばれる大科学者です。
そんなバベッジさんは、産業革命によって大規模生産体制が確立していく中で工場を見学した際、「熟練工は自分の力を100%発揮できていないのではないか?」と考えました。そして、「能力の高い人が難しい仕事に専念し、能力の低い人が簡単な仕事に専念すれば、生産効率はもっと上がるはずだ」と考えたのです。
1-1.バベッジ原理の簡単な例
説明のためにやや極端な例を挙げましょう。
オーダーメイドの化学薬品Xを作る町工場がありました。Xの製法は以下のとおりです。
- 材料を絶妙な配合で窯に入れる(所要2時間)
- ひたすら掻き混ぜる(所要2時間)
Xは顧客ニーズや天候条件によって必要な配合の割合が変わる特殊な製品で、配合の決定は熟練のプロ(時給1万円)に依頼する必要があります。
一方、そのあとの掻き混ぜは誰でもできるので、時給1,000円のバイトに任せてもOKです。
では、この化学薬品Xを作るためには、どれだけの時間と人件費がかかるでしょうか?
1-1-1.バベッジ原理から見た悪い例
悪い例は、全工程を1人の作業者に任せることです。
上記のように3つの製品の全工程を1人の人員で行うと、12時間もかかってしまいます。そして人件費は「1万円×12時間=12万円」となります。
掻き混ぜの仕事が簡単だからと言っても、配合を含む一連の仕事を1人でこなそうとすると、どうしても熟練工に任せざるを得ません。
12時間という時間が長いので、ヒトを増やして時間を短縮しようとすると以下の通りになります。
熟練工を3人も集めなければならず、そもそもキャパシティを作ること自体が大変なのですが、たとえできても事件費は「1万円×4時間×3人=12万円」で、コストを削減することはできません。
1-1-2.バベッジ原理から見た良い例
では、工程を「配合」と「掻き混ぜ」に分解し、それぞれを熟練工とバイトに担当させた場合はどうなるでしょうか。
この場合、8時間という比較的短時間で完了するだけでなく、人件費は「1万円×3時間+1,000円×3時間=33,000円」と、上記悪い例に比べて大幅にコストダウンできています。
もちろん、重要工程である配合は熟練のプロに任せているので、品質はまったく変わりません。
このように、工程を分解し、適切な人員に配分することで、品質を維持したまま大幅なコスト削減が可能になるのです。
1-2.バベッジ原理のポイント
バベッジ原理のポイントは、以下の通りです。
- 作業工程を適切に分解すること
- 各工程を行うための限度ギリギリのスキルを持つ人を配置すること
- 過剰なスキルを持つ人に簡単な仕事を任せないこと
たったこれだけのことで、全体の品質・スピードを維持したままコストを削減することができるのです。
2.バベッジ原理の経理への応用
では、経理ではバベッジ原理をどのように応用したらいいのでしょうか。意識的に探してみると、実はたくさんの応用可能性が見えてきます。以下ではそのヒントをご提示しましょう。
2-1.従来の切り分けに捉われない
経理チームが分担して仕事をしている場合、「売掛金」「固定資産」などの業務切り分けをしがちです。もちろんこれは第一歩としては適切なのですが、「売掛金は割と簡単だから新人で、固定資産は難しいからベテランかな」というだけではなく、もう一歩踏み込んで分解してみましょう。
たとえば、一言に固定資産の経理実務といっても、「見積書を関係部署に請求する」「見積書の内容をExcelに入力する」「金額の科目配分を検討する」「耐用年数を検討する」「固定資産台帳に登録する」「仕訳を切る」「減価償却計算を回す」「減価償却超過額を計算する」「減損判定数値を集計する」・・・などなど、細かく考えるとその作業は膨大にあることがわかります。
そして上記の場合、「見積書を各部署に請求する」「見積書の内容をExcelに入力する」「固定資産台帳に登録する」「仕訳を切る」といった作業は、さほど専門能力がなくてもすぐに覚えられる作業です。
このように、従来社内で使っている切り分け方だけでなく、もっと細かく分解してみると、分業のチャンスは予想以上にあるのです。
2-2.わざと仕事の難易度格差をつける
バベッジ原理は、仕事の難易度格差が存在することによって発生します。
たとえば、キャッシュフロー計算書づくりは高度な専門知識とノウハウが必要ですが、自社に最適なキャッシュフロー振替シートをしっかり作っておくことによって、部分部分は会計をまったく知らない人でもできる簡単な作業に早変わりします。最後に高度な知識を持つ人が入力内容をチェックし、全体を調整すればいいのです。
この場合、バイトでも簡単にできるようにExcelシートを作り込んでおく必要があり、この「準備」という作業は高度な人材に任せ、「入力」という作業を低コストの人材に任せることによって、全体の効率を上げることができます。
話がそれますが、当サイトではキャッシュフロー計算書づくりにおける振替シートの例を公開しております。ひとつのご参考としてご覧いただければと思います。
▶キャッシュフロー計算書作成に必要な知識とノウハウのすべて
2-3.平時と決算時を使い分ける
経理業務は決算の時期とそうでない時期で大きく内容が異なります。
たとえば売掛金の経理業務は、決算時期でなければ「計上」「入金確認」「赤残チェック」などの業務で十分ですが、決算になると、「滞留債権の確認」や「増減分析」、「残高確認状の作成」、「貸倒引当金の検討」といった様々な業務が必要になります。これらは簡単なものもあれば、難しいものもあります。
売掛金の科目業務はすべてできるという高度な人材に任せてしまうと、平時の簡単な業務や決算時の単純作業まですべてやってもらうことになります。業務をより分解し、適切なスキルレベルの人に振っていきましょう。
2-4.非正規雇用とコンサルタントを使う
コスト削減という観点からいうと、全員固定給の正社員で作業していたのでは、そんなに劇的なコストダウンは望めません。作業時間が短縮できても、残業時間が減るぐらいの話です(それはそれで重要なコストダウンですが)。
本当にコスト削減するためには、簡単な単純作業は非正規雇用に、難しい業務はコンサルタントに振っていきましょう。コンサルタントは1日の単価は高いですが、数日だけ来てもらえれば十分なので、相応のレベルの正社員を雇うよりもはるかに安上がりです。
コアな判断が必要な部分は正社員が、高度な知識とノウハウが必要な部分はコンサルタントが、単純作業は非正規雇用が対応するという図式が、一番低コストで高品質の経理体制なのです。
おわりに
今回はバベッジ原理という、少しマニアックな用語を使ってご説明しましたが、その内容は至ってシンプルであることがご理解いただけたと思います。
バベッジ原理は「考えたらそのとおりだけど、実務の現場でパッと思い浮かばない」ことが難しいところです。決算スケジュールや作業分担を決めるときには、ぜひ意識的に念頭に置いてみてください。
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