何年も経理をやっている人でも、周辺分野は意外と知らないことが多くあります。税金のことは詳しくても、社会保険や労働保険については、実はよくわかっておらず、人件費の担当者ですら人事部や社会保険労務士さんに結論だけもらって処理をしている方も多いのではないかと思います。
今回は、経理パーソンの中でも社会保険・労働保険に詳しくない方に向けて、それぞれどんな制度なのか、どんな種類があって、どのように金額が算定されているのかなど、最低限知っておきたい制度の全体像を解説いたします。
1.社会保険・労働保険の概要
1-1.社会保険制度の目的
社会保険制度は、国が国民の生活を保障するために設けた公的保険制度です。一定の要件を満たした国民は全員加入し、保険料を負担しなければなりません。しかし保険ですので、病気や老後、失業といった場合に生活を助けてくれます。身近な具体例では、医療費を安くしてくれる保険証や老後の年金などが挙げられます。
1-2.「社会保険」の意味と労働保険
社会保険という言葉には2つの意味があります。広義には、健康保険、介護保険、厚生年金保険、労災保険、雇用保険の5つの総称です。
このうち、健康保険、介護保険、厚生年金保険の3つをまとめて「(狭義の)社会保険」といい、残りの労災保険、雇用保険の2つをまとめて「労働保険」といいます。
社会保険という言葉の意味としてよく使われるのは狭義のほうであり、この場合5つの総称は「社会保険・労働保険」などと呼ばれます。
1-3.社会保険と労働保険の違い
社会保険と労働保険の違いは、社会保険が「すべての国民ための保険」であるのに対し、労働保険は「労働者を守る保険」です。
そのため、社会保険は経営者も全員加入しますが、労働保険は「労働者」だけが加入する保険です。労災保険は「経営者」は原則加入できず、雇用保険は「役員」は原則として加入できません。
経理に関するところでは、社会保険と雇用保険は申告・納付の方法がまったく違います。全然別物の制度と切り分けて考えた方がいいでしょう。
2.社会保険の制度概要と納付期限
社会保険に該当するのは、健康保険、介護保険、厚生年金保険の3つです。社会保険料の徴収や年金の給付等は日本年金機構が行っています。
中小企業の多くは、全国健康保険協会(協会けんぽ)や、日本年金機構が運営している健康保険や厚生年金保険に加入していますが、これとは別に業界各社が協力して健康保険組合(組合健保)や厚生年金基金を作っていることもあり、こちらに加入することもできます。大企業の場合は会社グループで1つの健康保険組合や厚生年金基金があることもあります。
2-1.各社会保険の概要
2-1-1.健康保険の概要
健康保険とは、被保険者である会社員と被扶養者を対象として、病気や怪我の治療費、休業した場合の生活費、出産した場合の費用などの一部を給付する制度です。
健康保険に加入していると、保険証が交付され、これにより医療費の個人負担額が少なくなります。
2-1-2.介護保険の概要
介護保険とは、家庭で介護や家事の援助を行う訪問介護など在宅に関する給付と、特別養護老人ホームへの入所等施設に関する給付を目的とした保険制度です。65歳以上の方を第1号被保険者、40歳以上64歳以下の方を第2号被保険者といい、30代以下の方は加入しません。
なお、健康保険と介護保険は別の制度ですが、セットで取り扱われることが多いです。
2-1-3.厚生年金保険の概要
厚生年金保険とは、被保険者あるいは被保険者であった人が一定の年齢になった場合(老齢厚生年金)、在職中に病気や怪我によって働けなくなった場合(障害厚生年金)、加入者の死亡により被扶養者が残された場合(遺族厚生年金)などに、定期的に生活費を援助する保険制度です。
2-2.社会保険の被保険者
役員や正社員の場合、健康保険は75歳未満、介護保険は40歳以上、厚生年金保険は70歳未満の方が被保険者になります。
またパートアルバイトでも、上記の要件を満たし、入社当初からその事業場の大多数従業員の4分の3の時間を勤務している場合は、入社当初から被保険者となります。
2-3.社会保険の保険料
2-3-1.社会保険料の計算
給与に対する社会保険料は「標準報酬月額」に、決められた保険料率を掛けて計算されます。標準報酬月額とは、「この人の月給は通常この金額」という額で、4~6月の平均報酬月額を7月に申告します。
また、賞与に対しては、給与とは別に社会保険料が課されます。
2-3-2.社会保険料の保険料率
健康保険の料率は、地域の医療費の水準等を反映させるため、都道府県ごとに異なります。介護保険と併せて毎年3月に改訂されます。
厚生年金保険の料率は、全国一律で決まっています。毎年9月に少しずつ引き上げられてきましたが、平成29年9月以降は固定されます。
2-3-3.社会保険料の納付期限
毎月の給与にかかる社会保険料は、当月分の請求が翌月に来て、給料から天引きし、翌月末までに支払います。
賞与にかかる社会保険料は後述する本人負担分を賞与の支給額から天引きしておき、その後賞与支払の届け出をします。賞与支払の届け出をすると、その後来る社会保険料の請求書に賞与分が上乗せされてきますので、給与分と一緒に支払います。
なお、社会保険の請求では、社会保険と一緒に「子ども・子育て拠出金」が請求されますので、合算した金額を納付します。
2-3-4.社会保険料の労使折半
社会保険料は、本人と会社が半分ずつ負担し合います。これを労使折半といいます。
一方、社会保険と一緒に納付する「子ども・子育て拠出金」は労使折半ではなく、全額会社が負担します。
3.労働保険の制度概要と納付期限
労働保険は、労災保険と雇用保険の2つから構成されています。厚生労働省の所管で都道府県労働局のもと、労災保険は労働基準監督署が、雇用保険はハローワークが窓口となります。
3-1.各労働保険の概要
3-1-1.労災保険の概要
労災保険は、就業中や通勤中に起きた事故や病気の治療費、仕事が原因で起きた怪我や病気の治療費、そのために休業した際の給与補償、後遺症に対する手当、さらには死亡した際の遺族補償等を目的とする保険制度です。
3-1-2.雇用保険の概要
雇用保険は、主に労働者が失業して収入がなくなった場合に、一定期間生活費を支給することを目的とする保険制度です。失業中の教育訓練費用なども支給されます。
3-2.労働保険の被保険者
3-2-1.労災保険の被保険者
労災保険は労働者が対象です。パートアルバイトや、経営者(代表権・業務執行権を持つ役員)以外の役員も被保険者になります。また、特別の手続きを取れば、中小企業の経営者も特別加入できます。
3-2-2.雇用保険の被保険者
雇用保険は、役員(使用人兼務役員を除く)以外の労働者で、週20時間以上労働し、31日以上の契約期間がある人が被保険者となります。ただし、64歳以上の従業員は免除されます。
3-3.労働保険の保険料
3-3-1.労働保険料の計算
労働保険の保険料は、1年間(4月~翌3月分)に支払った「賃金」の総額に、雇用保険と労災保険の料率をそれぞれ掛けて計算します。
なお「賃金」とは、給与、賞与、各種手当などの総額です。(退職金などは含まれません)
3-3-2.労働保険の保険料率
労災保険の保険料率は、会社ごとに異なります。事業内容でも決まるほか、業務災害が多く発生している会社は高めに設定され、発生が少ない会社は保険料率が下がります。
雇用保険は特定業種(農林水産、清酒製造、建設)以外は一律です。特定業種は少し高く設定されています。
3-3-3.労働保険料の納付期限
労働保険料の納付は、労災保険と雇用保険をまとめて、月ごとではなく年に一度会社がまとめて行います。ただし、年3回に分割納付できる場合もあります(後述)。
毎年6月1日から7月10日までに、当年度(4月~翌3月)分の保険料を概算で納付します。そして翌年の6月1日から7月10日に概算と実績の差額を精算し、次の年度の概算保険料と一緒に納付します。
労働保険料の延納
今年度の概算保険料が40万円以上、または労働保険事務組合に事務手続きを委託している場合には、納付を年3回に分割できます。この場合、納付期限は7月10日、10月31日、1月31日です。
3-3-4.労働保険料の負担
社会保険料とは異なり、労働保険料は会社負担が大きいです。
まず労災保険は全額会社負担です。また、雇用保険は労働者と会社が負担し合いますが、会社側の負担割合が大きく設定されています(特定業種以外は7:4の割合)。社会保険料と同様に、労働者負担分は給与から天引きされます。
おわりに
社会保険や労働保険は経理の周辺分野ですが、なかなか難しく、つい勉強不足になりがちなところです。給与計算や手続きは人事部や社労士に任せるとしても、概要をしっかり理解し、経理業務に反映させていきましょう。